裁判員制度の是非については様々な意見がある。以下は、筆者の見解を述べるものである。
そもそも裁判員制度は、刑事裁判に国民の視点に基づいた意見を反映させるために導入された制度である。裁判において提出された証拠を国民の視点で多角的に評価することによって、社会情勢に沿った判断が可能となるのである。
裁判員が裁判に参加するのは一定の事件の第一審のみである。第一審で不当な評価・量刑がなされれば上訴審で破棄されることは免れない。
例を挙げるとすれば、大阪府寝屋川市で女児を暴行して殺害した両親に対して、第一審の裁判員裁判では、検察官の求刑懲役10年を超える懲役15年を言い渡したのである。これは、犯罪の重大性、社会情勢、被告人の態度等を考慮したものである。しかし、最高裁判所は判決において、量刑は、他の裁判の結果との公平性が保持された適正なものでなければならないとしたうえで、「裁判員裁判において、そ
れが導入される前の量刑傾向を厳密に調査・分析することは求められていないし、ましてや、これに従うことまで求められているわけではない」と述べている。そして「そうした量刑判断が公平性の観点からも是認できるものであるためには、従来の量刑の傾向を前提とすべきではない事情の存在について、裁判体の判断が具体的、説得的に判示されるべきである。」として量刑の慎重な判断を求めている。(最判平成26.7.24)
本件において、懲役15年という量刑判断に際し、具体的、説得的な根拠が示されているとはいい難いとして父親に懲役10年、母親に懲役8年の破棄自判判決がなされている。
この事案で裁判員が関与した第一審判決が破棄されたのは、量刑判断に十分な根拠が示されていないことが理由である。すなわち、第一審の裁判官が裁判員に対し、量刑判断の他種事犯の傾向・十分な根拠をもって判断すべきことを説明したうえで評議し、懲役15年という量刑が合理的な判断であることが判示されていれば、最高裁で破棄されなかった可能性は十分にあると考えられる。
適正手続き(デュープロセス)は最も尊重されるべきものであって、これを前提として裁判員が適切な判断を下すことができれば、裁判員制度はとても有意義のある制度となる。
よって、筆者は裁判員制度に賛成の立場である。
ご興味のある方は、
平成25年(あ)第689号 傷害致死被告事件
平成26年7月24日 第一小法廷判決
を参照されたい。


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